『神主の遺言』

『統合神道』唯一の神主のブログ。それぞれが「本当の私」と出会い、精神的な苦しみから脱して、自分らしい人生を送れるヒントを語ります。

ありがとう「宿痾さん」

こんにちは。

ご訪問ありがとうございます。

梅雨空ですが、元気に参りましょう。

 

 

さて

こう・・・なんというか・・・

本人は卑屈になっているつもりでもないですし、

やたら批判的な気持ちでいるわけでもないのですが・・・

それでも、やはり、今の神社を取り巻く一つの課題として捉えざるを得ない事柄がありますので、語りたいと思います。

 

 

私は言ってみれば「雇われ神主」です。

会社で言えば、従業員みたいなものです。

「宮司」というのは、その一社の長でして、

会社で言えば、社長さんです。

 

実を言うと、私は人生のかなり早い段階から、

ある特定の神社の「宮司」になりたかったのです。

ただ、私は社家の生まれでもなく、なんのコネもありませんから、

いつも宮司さんがいない神社だからと言って、

「はいあなたどうぞ」というわけにはいかないし、

そういう話はすごく稀なのです。

ですから、私はこうして雇われているわけです。

 

とは言え、今からして思えば、

神職の経験も、社会人としての経験も、人としての資質も・・・

あらゆる面において未熟であった当時の私が、

仮にアノ神社の宮司になっていたら、

はっきり言ってとんでもないことになっていたと思います。

 

ですが、やはり私の希望としては、

一社の宮司となって、

自分が納得する祭祀や教化活動なんかをやりたいと思っています。

このブログも、ユーチューブも実を言えば、

宮司ではないけど、今の自分にできることはなんだろう?

という自問の末に導きだした答えだったりするわけです。

 

冒頭に述べた通り、私は神社の世界に入った頃から、

こうした希望を持っていましたので、

自分なりに情報取集をしていったわけです。

その中で、現役の神主さんからお話を伺うということをしていきました。

 

「私のような人間が、■○★■神社のような、兼務社(いつも人がいない神社)の宮司になるのってどうしたらいいでしょうかねぇ~」

 

みたいに、直球の質問をすることもありました。

すると大概の神主さん・・・いや・・・全ての神主さんの反応が・・・

 

「あそこの神社は食えないからなぁ~」

 

というものでした。

もちろん、私という人間がそこの神社の宮司になって、食うや食わずになってしまったら困るだろうから、という気持ちを持っているからこそ、こうしたアドバイスみたいなことを言ってくれたのだと思いますが・・・

当時の私(いや、今でも)

 

「神社って神主を食わせるために存在しているのかな??」

 

と考えてしまうのです。

すごく極端で、綺麗ごとの極みみたいなことを、敢えて述べますが・・・

 

「神社に奉仕した結果、食えずに死んだら、まさに神道という道に殉ずる【殉道】じゃないか、宗教者として最高の死に方だ。」

なんて、思ったりすることもあったり、なかったりします^^

もちろん、そんなこと、相談をした神主さんには言いませんでしたけどね。

 

神社の世界に入って、今日に至るまで、

こうした経験を積んできたことが、

私の根本的というか、

なぜか横文字を使うと「パーマネント」とも言うべき、

「やるせなさ」が苦しみとなっていることは間違いありません。

そしてそれに関連付けられる様々な事象が、その「宿痾」を刺激するのです。

これが「生きづらさ」に苦しむ人間の一様相を表していると思います。

 

しかし

「神社って神主を食わせるために存在しているのかな??」

という疑問を私が大学に入ってすぐ持ったことによって、

「自己批判」

という、神社界に最も欠落しているものを、

私は絶えず行い続けたのです。(もちろん今この瞬間も)

もしこれがなければ、私はそもそもこうしたブログなどを用いた発信を行っていなと思いますし、行っていても、恐ろしいまでに薄っぺらいものになっていたハズです。

そして何より、ここまで神道・神社というものに注視しなかったと思います。

そういう視点で言えば、私は本当にありがたい人生を歩んでいるのだと思います。

 

誰とは言えませんが、私の知り合いで、歌人がいます。言葉のプロです。

その人から紡ぎ出される歌の数々は本当にそれに触れる人間の心を揺さぶります。

しかし、一方で非常に精神的に不安定で、

過去や未来に思考が行ったり来たりして、人の評価に怯え、完全に体が動かなくなるまで追いつめられる時があるそうです。

その人もやはり根本的な、心のどこかに、動かない苦しみという宿痾があるのだと思います。でもそれがあるからこそ、多くの人の魅了する作品を世に示すことができるのでしょう。

 

私とその人を一緒にするのは、おこがましいですが、

今日は急にそんなことを思い出しました。

何かの参考になれば、幸いです。

それでは今日はここまで、最後までお読み頂き、ありがとうございます。