『神主の遺言』

それぞれが「本当の私」と出会い、精神的な苦しみから脱して、自分らしい人生を送れるヒントを語ります。

「除霊」しましょう!!

おはようございます。

ご訪問ありがとうございます。

来週あたりには梅雨明けてくれるんですかねぇ~

 

さて

いきなりですが「除霊」って言葉をたまに聞きますよね。

霊能者みたいな人がテレビに出てきて、

あなたには「〇〇の霊が憑りついているぅ~」

みたいなことを言って、「え~いっ!!!」とかなんとか言って、

「除霊」するヤツ。

 

ですからやはり「私は何かに憑りつかれている」と思って、

神社やお寺に来て「除霊してください」

と言う人もいますし、

何か罰当たりなことをすると、

「霊に憑りつかれる」と思って怯える人もいるわけです。

 

私はこうした霊能者の方々を否定することは全くありませんが、

私自身にこうした憑りついた霊みたいなものを察知する能力はないし、

もちろんこれを除霊する能力だってありません。

ですから「除霊してください」みたいなことを訴えて

神社にご祈祷を申し込まれる方には、

上記の説明をした上で、

「「神社の神様に、この方(依頼主)に不都合なことが続いているので、お助け下さい」と私からあなたに代わってお願いをする形でよろしいでしょうか?」

みたいな感じの確認を取るようにしています。

そして同意してもらい、ご祈祷を終えて、結果としてその方が神様からお守り頂いて、通常の暮らしを取り戻すことができれば、オールOKだと私は思っています。

というより、私にはそれしかできないのです。

また神社神道とかいう現在の神道に基づいて運営されている神社は、基本的にこういうスタンスだと思います。(チクチクした表現ですね(^^;))

 

ただですねぇ。

ここからが言いたいコトなのですが・・・

「除霊」という言葉を借りるのであれば、

 

「汚い言霊を除く」

 

というのが、その人の人生を向上させる上で、非常に大きな意味を持つと思っています。(というより実感しています)

 

というのも、私は結構「口が汚い」人間でした。

色々割愛しますが、これも弱い自分を守る一つの手段だったのです。

ですから、自他のネガティブな側面に注意が向くので、

他人の欠点やミス、問題点や抜けている所がすぐわかってしまいます。

その攻撃材料を(無意識レベルで)なるべく相手にダメージを与えるような端的な言葉を見つけて、それを投げつける。というようなことをしていたわけです。

また地元の荒っぽい言葉をなるべく使うようにもしていました。

年寄りの漁師が使うような言葉を意識的に選んで話していました。

ですから、私の口からは、こうした「汚い言葉(言霊)」が、

四六時中発せられていた。というわけです。

繰り返しますが、弱い私はこういう方法でしか生きていけなかったのです。

 

(但しくれぐれも誤解しないで欲しいのは「方言」を否定しているのではありません。むしろ「方言」はこの日本語という美しい言語に厚みをもたらしてくれるものばかりでなく、それぞれの地域における、人々の生き方や思想、物の捉え方などを反映させるものであり、率先して未来に伝えていくべき我が国の「宝」です。)

 

それで、話を戻して、

私はどうなったか???

今にして思えば「破滅した」というわけです。

ありがたいことに、本当に本当に大事なものだけが奇跡的に残ってくれましたが、

あとは全部なくなりました。お金も交友関係もなくなったし、健康も失いました。

そして・・・「私」という人物に、初めて興味を持ち、

長い、長い「自分探しの旅」が始まったのです。

それから約7年の月日が経ち、今の私があります。

 

とにかく、この人間の口から発せられる様々な言葉は、

その人自身に大きな影響をもたらします。

それまで自分はどんな言葉を使っていたか、

その言葉を用いることで、どれだけ人を傷つけてきたか、

それを思い出し、これから先、

「汚い言霊を除く」

と決意して、

なるべく綺麗な言葉を使い、相手を思いやる言葉を用い、

できるだけ余計な言葉は口にしないとすれば、

 

人によっては、

明らかに世界の見え方が変わるだけでなく、

俗にいう運気の向上、周囲の反応の変化、

体の軽さ、自分に対する評価・・・云々。

こうした違いに驚くと思います。

 

「言葉」というのは、本当に諸刃の剣です。

 

今日はそんなお話でした。

何かの参考になれば、幸いです。

それでは、最後までお聞きいただきありがとうございます。