『神主の遺言』

『統合神道』唯一の神主のブログ。それぞれが「本当の私」と出会い、精神的な苦しみから脱して、自分らしい人生を送れるヒントを語ります。

あなたは〇〇の言うことを聞きましたか?

おはようございます。

ご訪問ありがとうございます。

 

 

もうずっと前のコトですが、

当時仲よくしていた友人はいわゆる「高学歴」な人でした。

誰でも知っている日本の国公立の大学を卒業していて、

人格も素晴らしく、謙虚で、明るく優しい男でした。

 

ある時、私はこんな質問をしてみました。

 

「なんでそんなに勉強ができたの?」

 

すると彼は間髪入れずにこう答えました。

 

「大人の言うこと聞いていただけ。」

 

だそうです^^

「なるほどなぁ~」と・・・。当時の私は大きく頷いたことを覚えています。

とにかく私と正反対だからです。

 

私は基本、大人の言うことを聞きませんでした。

あれやこれやと言いがかりを付けてみたり、そもそも話を聞いてなかったり・・・

大人になってから出会った人にはあまり信じてもらえないのですが、私は県下でも有数のヤンキー高校出身です。

もちろん勉強なんて全然できません。日本史と国語が得意だったくらいです。

 

ですから、優秀な彼のその言葉を聞き、自分の人生を振り返って「なるほどなぁ~、だから私はダメなんだなぁ~」と合点がいったというわけです。

 

 

 

が!!!!!!!

 

「大人の言うことを聞く」

 

というのは、必ずしも「正しい事」なのか??

と最近思うようになりました。

確かに大人(教員など)の言っていることをちゃんと聞き、理解していれば、良い成績が取れると思います。

日本という社会を作っている大人たちにとって、都合のいい人材を育成するのが、学校の教育だと思うので、当然と言えば当然です。

しかしやはり決して「それだけ」ではないはずです。

子供の独自の発想やものの捉え方、或いは素朴な疑問の中にも、たくさんの未知なる可能性が潜んでいます。

ですから「大人の言うことを聞く」というのは、

「正しい事」の内の一つ。と捉えてもいいのではないかと思うようになりました。

 

ただですね。上記の事は勉強面に関することです。

勉強はできないより、できるに越したことありませんから、子供たちには一生懸命やって欲しいと思っています。

そして、もし勉強ができるようになりたいのであれば・・・・

やはり・・・ちゃんと「大人の言うことを聞く」べきだと思います。

 

 

この「大人の言うことを聞く」という言葉は本当に色々考えさせられる言葉でして、

これが勉強面ではなく、普段の生活に照らして考えることもできます。

 

「大人(この場合「親」)の「言う事」というのが、

時として「恣意的」なものであることが多いのです。

こんな言い方をすると難しく聞こえてしまうので、簡単な言い方をすると、

 

「子供に価値観を押し付けているだけ」

 

ということです。

こうした状態において、子供が「大人の言うことを聞く」という在り方が「正しい」とした場合、将来的に様々な【心の問題】となって表れてくると私は思います。

本当に人によって様々でしょうから、一概にパターン化できるとは思いません。

しかし例えば・・・

 

子供が近所の駄菓子屋でお菓子は欲しいと言う。

しかしその親は、そんなお菓子より、どこそこの高級ケーキが家にあるからそっちにしなさい!と言い、それに従わせる。

 

子供にとってはこの場合、高級ケーキなんてどうでもよくて、心の底からその駄菓子屋のお菓子が食べたかったわけです。しかし子供はそれに従うしかないのです。

こうしたことが続くと、子供は何か行動を起こす時には、その親の承認が必要になると考えるでしょう。

ですから、この子が成長した時、

本当はA高校に行きたい、でも親がB高校だと言う。だからB高校にしておこう。

この服が着てみたい。でも親が似合わないというから、別の服を着ている。

好きな異性がいる。でも親がアレコレ注文を付けてくるので、恋愛が面倒になる。

そして・・・

周囲のみんながそれぞれ楽しそうに生活しているのを見て・・・

或いはその親とから死別や物理的に離れたりした場合・・・

 

「自分がない・・・・」

 

ということに気づくのです。

仁さんは「自分はなくなることはなく、1ミリくらい小さくなっている」とおっしゃっています。

「大人の言うことを聞いた」ために、大事な大事な「自分」という存在が、究極的にまで、小さくなり、その「自分の声」が聞こえなくなってしまうわけです。

 

しかし、この子供に「子供に価値観を押し付けている」親というのも、一概に悪いとは言えないのです。

例えば、本人は子育てのつもりで、このように子供との関わりを強固にすることによって、「禁足地」を作り、例えば対立する家族(夫や姑など)の侵入を防ごうをしている場合もあるわけです。

いずれにしても、何かしらの心の苦しみがあるために、

「子供に価値観を押し付ける」ことが「子育て」になってしまう場合もあるのです。

 

私たち大人は、確かに「子供に言うことを聞いて欲しい」と思うものです。

もちろん善悪の判断とかそういう場合はハッキリと正しい道を示すべきでしょう。

しかし、中には子供の価値観を尊重することがベストであることもあります。

一瞬立ち止まり、そこを見極められると、いいんですけどね(^^;

(本当に難しいことだということはわかっています・・・)

 

 

それでは今日はここまで。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。