『神主の遺言』

『統合神道』唯一の神主のブログ。それぞれが「本当の私」と出会い、精神的な苦しみから脱して、自分らしい人生を送れるヒントを語ります。

「手」は思いを伝える手段

おはようございます。

ご訪問ありがとうございます。

もう8月も25日ですねぇ~。

大好きな夏が去っていきそうです。人間なら袖を掴んで「待って」とできますが、

夏に袖はありませんからねぇ・・・

という感じの短歌を作りたいのに、全然作れず悶々としております(^^;

 

 

さて

今日はまたまた実体験などを含めたお話です。

というよりリアルタイムのお話です。

 

実は昨日すご~く久しぶりにマッサージに行きました。

数年前、私は体が毎日痛かったので、マッサージによく行っていたのですが、

ここ最近は体が痛いとか凝るという感覚を日常で感じなくなっていたので、

「マッサージに行きたいなぁ」という気持ちすら起こらなくなっていたのです。

それだけ心身ともに健康になったということです。

ただ昨日はなんとなく行こうかな~と思っていってみました。

 

施術してくれる方と色々話をしながらマッサージを受けました。

今こんな事をしていてから始まって、どんな事が好きとか、

(まぁ誰にでもそうなのかも知れませんが)すごく私を褒めてくれたりして。

またコロナ自粛でマッサージ業界はかなり大変みたいなお話をしてくれました。

そして、時間通りに終わって家に帰りました。

 

いつもと同じ時間にベッドに入って寝ようとしてもなかなか寝れません・・・

朝方になってくると、妙に心が「そわそわ」します。

明らかにここ何ヶ月の目覚め方と違うのです。(悪い意味で)

おまけにいわゆる「もみ返し」とも違う痛みが背中に生じてしまい、今でも痛いです。

言葉や文字で表現しにくいのですが、精神のリズムのようなものが変わってしまったように感じました。

これはまずい!と思って毎朝日課の瞑想で、何とかリセットできないだろうか?なんて思いながらやっていました。

そのお陰か、妙な「そわそわ」はなくなり、今こうしてブログを書く事で、より心が落ち着いているのを実感しています。

 

私のいつもの「直感」になりますが・・・

コレ・・・

「残置・残存思念」ですね・・・

 

恐らくですが、マッサージ師さんの「手」を通じて、

私にこの方の「思い」が乗っかったんだと思います。

もちろん本人に悪意はありませんが・・・

本当にこれは憶測ですから鵜呑みにして欲しくないのですが、

例えば、会話をしている中で、コロナの影響をほとんど受けていない私に対して「羨ましい」という気持ちが向けられたりとか、

男女であれば(男女に限りませんが)、恋愛感情に類似する気持ちが向けられていたりとか・・・

こうした私に対する特別な「思い」が、

私の精神・心に「残置」され、何かしらの影響を及ぼすわけです。

残念ですが今回はそれが悪い方向に影響してしまったようです。

こういう場合は、休むしかありません。

まぁ慣れているので、ご心配には及びません。

 

実は今までの話は前振りで、本当に言いたいことはこれからなのです。

それが「手」です。(実は前にも記事にしたことがあるんですけど、改めて)

私たちはこの「手」を通じて自分の「思い」という目には見えないものを伝えることができます。

その代表的なものが、「仕事道具」ですよね。

それぞれの仕事を象徴する道具が、その仕事に関わる人の思いと繋がります。

記者ならペン、大工なら曲尺、床屋ならハサミ、神主なら笏・・・

みたいな感じに。

こうした「手」で扱う道具に、その人の思いが乗っかるというわけです。

 

ですからマッサージ師さんは「手」そのものが「道具」ですから、

やはりそこに思いが集まり、人によってはそれをもろに受け取るクライアント(私みたいな)もいるというわけです。

 

従って、やはり夫婦・親子・恋人と言ったような、特別な間柄の場合、

お互いその「手」を使ってスキンシップを取って欲しいのです。

語らずとも、必ずその「手」を通じて、相手を思う気持ちというものは伝わります。

例えば親子で言えば、親がその「手」で子供に触れることで、子を愛している・認めているという思いが伝わります。

子供というのは基本的に「不安」な存在ですから、やはり親の「手」を介して伝わる気持ちがそのまま「安心」となるわけです。

人によっての現象は様々ですが、親子間におけるスキンシップが極端に少ない場合、子供には「寂しい」という強烈なネガティブが宿ります。

そして大人になってこれが色々な悪さを始めるというわけです。

是非こちらをご参照ください。

変幻自在のバケモノの正体 - 『神主の遺言』

 

「思い」という目には見えないものを伝える方法はいくつかあります。

例えば「言葉」や「文字」がそうでしょう。

しかし今回のテーマの「手」というのもあるのです。

ですから、それをうまく使って、生活に活かして欲しいと思います。

 

 

それでは今日はここまで。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。